
2026年7月6日から10日までの5日間、ラオス国立大学のラオス日本センター(LJI)において、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施するJICAチェアの集中講義が開催されました。本講義はLJIのMBAプログラムのカリキュラムの一環として実施され、同プログラムで学ぶ受講生など46名が参加しました。
今回は、京都大学大学院総合生存学館の横山泰三先生を講師に迎えました。5日間にわたる講義を通して、受講生は日本の経済発展を支えてきた「日本的経営」の歴史や特徴、その背景にある日本の文化や社会について理解を深めました。
ラオスにおけるJICAチェアは、日本の近代化や開発協力の経験と、そこから得られた学びを共有することを目的として、2021年に始まりました。今回のような集中講義やDVD教材の提供などを通じて、日本研究を支援しています。
JICAチェアの詳細については、JICA公式ウェブサイト「JICAチェア」をご覧ください。
また、JICAチェアの支援を受けてLJIが発行している日本研究誌も、ぜひご覧ください。https://lji.edu.la/bamboo-shoot-magazine/
歴史と文化から考える「日本的経営」

今回の集中講義では、「日本的経営とは何か」「日本的経営の誕生」「日本的経営の基層」「日本的経営の展開」「日本的経営の未来」をテーマに、5日間にわたって講義が行われました。
講義では、日本的経営を単なる企業経営の制度としてではなく、日本の歴史や文化、社会の中で形成されてきた価値観として超学際研究の方法に則り多角的に学びました。
日本の戦後復興から高度経済成長に至る過程を振り返りながら、終身雇用、年功序列、企業別労働組合といった日本的経営の特徴が形成された歴史的背景について学びました。また、松下幸之助氏の「水道哲学」や本田宗一郎氏の現場主義などを例に、日本企業が利益の追求だけでなく、人材育成や社会への貢献を重視してきた経営理念についても紹介されました。
さらに、日本語の特徴や地域共同体、寺子屋や私塾、農村での生活改善運動など、日本の商業教育や農業開発、言語文化を手がかりに、日本的経営を支える価値観や人材育成の基盤について理解を深めました。現場で培われた経験や知識を組織全体で共有し、継続的な改善(Kaizen)へとつなげる考え方や、「働きがい(Hatarakigai)」の概念についても学び、日本的経営の根底にある考え方が示されました。
また、IT技術の急速な発展やグローバル化、「失われた30年」と呼ばれる長期経済停滞、価値観や働き方の変化など、日本社会を取り巻く環境の変化についても紹介されました。不登校やニート、未婚・単身世帯の増加、低賃金に代表される日本経済の低迷などの社会課題にも触れ、日本的経営が現在直面している課題について考えました。


講義では、受講生同士によるグループディスカッションも数多く取り入れられました。例えば、「現在の仕事のどのような点が好きですか(What do you like about your current job?)」といった「働きがい」に関するテーマのほか、レストランのマネージャーの立場から、従業員の接客上の課題に対してどのように対応すべきかを考えるケースや、KPT(Keep・Problem・Try)を用いて仕事やプロジェクトを振り返り、課題や今後の改善策について考えるワークなどを通して、それぞれの経験や考えを共有しました。
仕事を通じて人の役に立てた経験や、同僚との協力、自己成長を実感した瞬間など、多様な意見が交わされ、受講生は講義で学んだ内容を自身の経験と結び付けながら理解を深めました。
横山泰三先生へのインタビュー
講義終了後、横山先生に、今回の講義に込めた思いや、日本的経営の本質、ラオスの受講生への期待についてお話を伺いました。

1.今回の講義を通して、ラオスの受講生に最も伝えたかったことは何ですか
「日本的経営」と聞くと、有名な日本企業の戦略や、利益を上げた経営者の手法、マーケティングのアイデアなどを想像する学生も多いかもしれません。しかし、日本的経営を理解するためには、その背景にある日本の文化や歴史、教育、社会の仕組みを理解する必要があります。日本的経営は、それらの土台があってこそ成立したものだからです。
講義でご説明した通り、戦後、日本は力強い経済復興を遂げ、その過程で日本的経営は世界から注目を集めました。一方で、現在は必ずしもうまく機能していない部分もあり、新しい形へと変わることが求められています。講義では、こうした日本的経営の「光と影」を、経営学のみではない諸学問を横断しながら歴史的な背景についてお話ししました。
大切なのは、日本や欧米で生まれた経営理論をそのまま取り入れるのではなく、自分たちの文化や社会に合う形へ適応させることです。日本的経営を一つの鏡としながら、ラオスの皆さん自身に、ラオスの文化や社会に根差した「ラオス的経営」を自ら作り上げてもらいたいと思っています。
2.日本的経営の本質は何だとお考えですか
日本的経営の本質の一つに、「場の経営学」あるいは「場のマネジメント」という考え方があると考えています。ここでいう「場」とは、人と人とがお互いを理解し、対話を重ねながら、チームとして成果を生み出すための場作りや関係性のことです。
一人の優れた個人が組織を強く引っ張るのではなく、皆でノウハウや課題を共有し、互いを高め合いながら改善していくところに、日本的経営の特徴があります。そのためには、お客さまや仲間の立場を想像し、相手を理解しようとする「場に応じた」コミュニケーションが欠かせません。
3.JICAチェアを通して、受講生にどのような変化を期待されていますか
受講生には、ビジネスを単に利益や収益を上げるためのものではなく、社会全体の発展に貢献するための営みとして捉えてもらいたいと思っています。従業員についても「人件費」として見るのではなく、一人ひとりに生活や家族、キャリア、その後の人生があることを大切にし、従業員とともに会社が発展していくという発想が重要です。
そのため講義では経営における「(ビジネス)倫理」が大切であると伝えました。短期的な利益だけを追い求めるのではなく、長期的な視点に立って人を大切にしながら経済的にも成功できるビジネスパーソンになってほしいと思います。
また、異なる文化や価値観を理解することは、決して簡単ではありません。しかし、相手を理解しようとする努力をしなければ、従業員のことも、お客さまのことも本当の意味では理解できません。相手を理解するために努力できる人になってもらいたいと思います。
4.今後、日本とラオスの協力において、人材育成はどのような役割を担うと思いますか
現在、多くのラオス人が日本へ留学しています。また、LJIでは日本の研究者が講義を行い、ラオスの皆さんが日本について学ぶ機会が設けられています。一方で、日本人がラオスについて学ぶ機会や、ラオス人が日本人に何かを教える機会は、まだ十分ではないように感じます。
これまでは、ラオスの人々が日本から学ぶことが多かったかもしれません。しかし、日本人もラオスから多くのことを学ぶことができます。
ラオスは豊かな自然を持ち、宗教や文化、民族も多様です。また、内陸国として周辺国との交渉や交流を重ねながら、多様な背景を持つ人々が共に暮らしてきました。いま日本が注目している「多文化共生」の議論の観点から見ると、日本がラオスから学べることも多いと思います。これから日本では、外国人住民の増加に伴い、異なる文化的背景を持つ人々とどのように共生していくかが、ますます重要な課題になっていくからです。そのような中で、「自然」を大切にしながら多様な文化や民族が共に暮らすラオス社会の経験は、日本にとっても大きな示唆を与えてくれるはずです。
人材育成とは、日本が一方的にラオスの人材を育てることではなく、日本人とラオス人が互いに学び合いながら、一緒に成長していくことだと思います。世界に誇れるラオスの魅力や大切な価値観をより積極的に発信し、より多くの人に理解してもらえるようにしていくことが、これからの両国の協力において重要ではないでしょうか。
受講生の声
横山先生が講義に込めた思いを、受講生はどのように受け止めたのでしょうか。会計業務に携わる受講生の一人に、印象に残った学びと、今後の仕事への生かし方について伺いました。
「横山先生によるJICAチェアの講義を通して、日本的経営とは、単なる経営手法や企業制度ではなく、人を育て、信頼関係を築き、良好な職場環境をつくるとともに、企業活動を社会的価値へと結び付けるものでもあると学びました。また、経営においては、規律やチームワーク、継続的な改善、倫理的な責任を大切にする必要があることを理解しました。
特に印象に残ったのは、「改善(Kaizen)」と「働きがい(Hatarakigai)」という考え方です。小さな改善を積み重ねることで仕事をより効率的で意義のあるものにできること、そして、自分の役割が組織や社会にどのように貢献しているかを理解することで、従業員が仕事に誇りを持てるという考えに感銘を受けました。
私は会計業務を担当しているため、日々の業務手順を見直し、チェックリストを活用することや、適切なタイミングで報告・相談を行うこと、ミスを減らすことなどに、今回の学びを生かしたいと考えています。それによって、透明性が高く正確な財務管理を支えていきたいです。
また、会計の仕事は、単に数字を扱うだけではなく、信頼を築き、企業の持続的な発展を支える仕事でもあると学びました。今回の講義は、私にとって非常に有意義で、多くの刺激を受ける機会となりました。今後、自分自身をどのように成長させ、職場により効果的に貢献していけるかを、改めて考えるきっかけになりました。」
米山芳春チーフアドバイザーによる追加の講義

5日間の講義には、LJIのチーフアドバイザーを務める米山芳春JICA専門家も登壇し、日本とラオスの協力の歩みについて紹介しました。
日本は60年以上にわたりラオスへの協力を続けてきました。LJIは日本のODA事業の一環として2001年に設立され、MBAプログラムもJICAプロジェクトを通じて設けられました。今回のJICAチェアは、こうした長年にわたる協力と人材育成の歩みを受け継ぐ取り組みでもあります。
米山チーフアドバイザーの講義では、日本のODAがラオスの経済開発に果たした役割とともに、ラオス国内の日本のODA事業においても、日本的ビジネスに通じる日本的サービスや日本式の運営/維持管理などを垣間見ることが出来ることが紹介されました。
おわりに
今回の講義は、戦後の日本経済を支えた経営の仕組みを学ぶだけでなく、その背景にある歴史や文化、価値観に目を向け、ラオスの社会に合った経営のあり方を考える機会となりました。日本的経営を一つの「鏡」として得た学びが、受講生一人ひとりの職場での実践へ、そして将来の「ラオス的経営」へとつながっていくことが期待されます。
ラオス日本センターは今後も、JICAチェアをはじめとする学びと交流の機会を通じて、ラオスの発展を担う人材の育成と、日本・ラオス両国の相互理解の促進に取り組んでまいります。
取材・文:ラオス日本センター(LJI)インターン生 金原美蕾(関西学院大学)

